2009年02月28日

日本史勉強会(その6)

井沢氏が「逆説の日本史」で指摘する、歴史学の病弊

「日本史の呪術的側面の無視ないし軽視」 に関連して。

明治以降いわゆる戦前までは、「皇国史観」が、戦後は「唯物史観」
が歴史学を支配して、日本の歴史を一貫して流れる怨霊信仰は、

皇国史観では天皇という現人神信仰を強調するために無視され、
戦後の唯物史観では科学の名の下に否定されたと指摘しています。

イデオロギーというものは、まず何々であるべきだという結論が先に
くるので、その結論にあわせて歴史上の事実というものがゆがめ
られるのだと氏は言います。kao06

そのことを証明するため、氏はいろいろと学者の論を紹介するのですが、
ここで話はすこし逸れますが、私が「なるほど! そうだったのか!」
と感じた話をご紹介します。face01

「メートル法」はご存知だと思います。

1メートルは、もともと地球の子午線の4000万分の1の長さとして
定められという経緯があり、つまり地球の大きさを基準にしています。

1センチもその100分の1になりますから、面積の1平方メートルも、
また、体積の1平方立米も、元は地球の大きさが基準となっています。

つまりメートル法は、人間の外にある客観的な基準に人間の方から合わせ
ていくというやりかたです。

  日本史勉強会(その6)

ところが日本の「尺貫法」というものは、すべて「人間中心」にできて
いるといいます。

「一石」=「十斗」=「百升」=「千合」という等式が成り立ちます。

「石」というのは、「加賀百万石」といわれる、あの石のことです。

昔の平均的な人が1日3合食べたとすると、
3×360日(太陰暦では一年は360日)=で1080合となる。

つまり、一石とは、一人の人間が一年に食べる米の量を基準に定めた
単位であるということです。

また、一反(面積の単位)の水田でとれる米の収穫量も一石。

逆にいうと、一石の米の取れるだけの水田の広さを一反としたとも
いえます。

一反=300坪と(太閤検地までは1反360坪)すると、1坪という
のは、人間一人一日分の米が取れるだけの広さということになります。

まとめると

昔の1人の人間が1日3合食べたとすると、1年で約1石の米を食べ、
その米を生産するために1反の農地が必要となる。

(加賀百万石は100万人を養うだけの石高があったということになります。)

また一日に食べる米(3合)を生産するのに必要な面積は1坪である
ということになります。ついでに、1坪とは畳2枚分。

私の小学校時代には、もちろんメートル法しか習っていないのですから
尺貫法のことはあまりよくわからないまま今日まで生きてきました。iconN19

でも「一号枡」、「一升瓶」とか「一間(けん)」というような言葉は、時々
出てきますよね。

なるほどと思った次第。face02

  



Posted by さわちゃん at 19:07│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。